のんびり、沖縄てーげー

八重山諸島 竹富島編(1)


 ♪ サァ 君は野中のいばらの花か サァユイユイ
   暮れて帰れば ヤレホンニ 引き止める
   マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ

民宿『泉屋』で本を読みながらウトウトしていた私を、有名な民謡「安里屋ユンタ」と三線(さんしん)の音色が呼び起こす。部屋から出て駆け足で庭を横切り、宿の入り口へ向かうと、ちょうど水牛車が通りかかるところだった。ブーゲンビリアで彩られたアーチ型の門が、まるで水牛の姿を飾る額のよう。至近距離で注がれる私の熱い視線に目もくれず、トスットスッとマイペースな足取り。徒歩の方が断然早い水牛車は、ゆっくりのんびり、のどかな空気を撒いていく。有無を言わせず和ませるその姿をぼんやり見送った後、冬とは思えない鮮やかな青をしばし眺めた。ここは竹富島で、私は旅行者。ついくつろぎ過ぎてしまうので、沖縄に来ている優越感(誰に対してなんだか)を噛み締めてみた。だけどやがてそれにも飽きて、ちょっとのびをした後、もう一眠りするために部屋へ戻った。

━━━━というふにゃふにゃなステキ時間を過ごすまでに2日かかりました。

なぜってそれは、期待に胸を膨らませて石垣空港に降り立った私たちを迎えてくれたのは青空でも太陽でもなく


 尋常じゃない突風だったからです。

私たちのコート脱がし勝負を太陽としてるんじゃないかと思うほどのハッスルぶり。ここでコートを脱がなければ、ポカポカニコニコのお日様が顔を出して私たちは暑い暑いと自主的に脱いで太陽の勝ちだねウフフ←イソップ童話で懸命に現実逃避するかわいそうな私

12月に台風だってアハハハハハおかしいやこん畜生ここ座れネタの神様ァァァ!!

もうなんていうかくどいから。そのネタ、サイパン年末年始の波田陽区ぐらい味わったから。きっと私に憑いているネタの神様は、ブレイクした1年後に「あの人は今」で取り上げられるタイプだと思います。


今回の旅の舞台は、沖縄の離島「八重山諸島」。ダイビングで有名な石垣島、沖縄の原風景を残した竹富島、雄大な自然が圧巻な西表島、有人地としては日本最南端の波照間島、「ちゅらさん」で注目を浴びた小浜島、 本島は見えないけど台湾は見えるという日本最西端の与那国(Drコトーのロケ地)など、大小さまざまな島が点在するエリア。

私は沖縄がとても好きで、何度か旅行で訪れたことがあります。なかでも数年前に訪れた八重山諸島、特に『竹富島』と『西表島』は、滞在時間が短かったにも関わらず強烈に惹き付けられました。相方が「どこかのんびりできるところへ行きたい」と呟いたとき、真っ先に思いついたのが『竹富島』でした。

10日間というバカンスの短い日本人にとってはかなり贅沢なスケジュール。 最初の4泊だけは竹富島の民宿『泉屋』を予約したのですが、その後の予定は未定のまま。旅をしながら行き先を決めるという、風まかせな旅を少しだけでも経験してみたかったのです。予期せぬトラブルも旅の醍醐味ということで。

そんな私たちに気を利かせてくれたのかもしれませんねこの台風。風は風でも風の種類が違のが惜しいですけど。俺たち爆風スランプ!などと意味不明なネタで笑ってればいいのかもしれませんが、あいにくそこまで能天気じゃなかった自分に一安心。

出発が近付くにつれ天気図がネタを帯びていくことは知っていたのですが、あまりに季節はずれですし、気象予報士も「単なる高気圧に変わる可能性が高い」と言ってたのであまり心配してなかった私たち。鉛色の空にガッカリしつつも、楽しみにしていた沖縄旅行の初日。テンションを上げてタクシーに乗り込み、石垣港を目指しました。


高速船で石垣港を出発したところ

沖縄の魅力の一つに、気さくで人懐っこい県民性があります。個人タクシー運転手のおっちゃんも例にもれず気さくな人で、珊瑚礁の隠れた名所を教えてくれたり、その珊瑚礁の写真を私たちに見せるため自宅に立ち寄ったり、「石垣島を観光するなら車を貸してやるよ」と申し出てくれたりしました。大変嬉しかったのですが仕事もがんばろうよ。でもありがとう、暴風で冷えた心がぬくもったよおっちゃん。

そんなこんなで港に到着。点在する島々には、石垣港から出ている高速船で渡ります。竹富島は石垣港から一番近く、所要時間は10〜15分。1時間に2本出航するので、けっこう便利です海が穏やかなときは。

海が荒れると欠航になるのですが、私たちが渡るときはまだそこまで荒れておらず、無事出航。なんとか持ち直すかも……と淡い期待を抱いたのもつかの間、竹富島に降り立ったと同時に嫌がらせのような土砂降り。待合室まで逃げる間にぬれ鼠になる私たち。負けるな、きっと写真には写らない美しさがあるはず(あれはドブネズミですよ)。

迎えに来てくれた民宿『泉屋』の車に乗り込むと、ヘルパーさん(料理や掃除などを担当するお手伝いスタッフ。県外からバイトで働きにきた人がほとんど)から「大変ですね〜」と労いの言葉が。

泉屋スタッフ「12月に台風が上陸するのって、20年ぶりらしいですよー」

7月にそれと似たようなことを教えてもらって愕然とした気がするんですが思い出さないほうがいいですよね。



あのとき慰めてくれたのばらさん、お元気ですか?私は元気です。

天候は芳しくないとはいえ、相方は初めて訪れた竹富島の風景に興奮(相方は沖縄自体初めて)。特に舗装されていない砂の道にいたく感動しておりました。

私もですが、相方もかなりの田舎っ子。砂利道やあぜ道を日が暮れるまで駆け回り、川遊びしたり昆虫採集したり1m近い巨大亀と格闘したり孔雀の雄・雌・チャボが列を作って目の前を横切ったりサソリに威嚇されたりと、どう考えてもありえない思い出の持ち主。いったいお前はどんな摩訶不思議な場所に住んでたんだ。「それは記憶違いやろ」と言うと、妹TちゃんYちゃんまで加わって熱烈に反論されるので事実らしいです。相方兄妹の子ども時代には、きっと猫バスとか普通に通ってたんでしょう。

私たちが住んでいる町も十分田舎ですが、舗装されていない道を見つけるのは難しい。普段はそれを寂しいとはあまり思わないのに、砂の道を実際に歩いてみたら安堵感と高揚感がどっと込み上げてきました。「道」と親密だった子どもの頃を思い出して。

天候が回復した後の夕暮れ時の風景


宿に着いて荷物を片付けてから、嵐の前の静けさといった様子の町を散策することにしました。数年ぶりに訪れた竹富島は、若干暗くて重いですが(台風の暗雲で)独特の優しさとのどかさに満ちています。相方は見るもの全てに心を奪われているご様子。

私は大変感動屋です。自分でもたまにバカみたいだなと思うほど感動します。そして大概の場合大げさです。だからって、私が「竹富島はホントに感動する、すごく和むし癒される」と懸命に訴えていたにも関わらず、

「お前の言うことだからちっとも期待してなかったけど、こんなにいい場所とは正直驚いた」

夫婦関係に微妙な亀裂が入りそうなことをサラリと言って幸せそうに微笑むのはどうだろう相方。

妻が勧めたものに対して夫が感動する。こういう場合、(*^▽^*)を浮かべるものなんだろうけど、私いまヽ(´д`)ノ


話は変わりますが、私が以前竹富島を訪れたのは半日という短い時間。もっとここにいたいと切望しつつも、仕方なく港で船を待っているときに、民宿のヘルパーをやっている人と話をする機会がありました。その人は、橋から眺める夕陽の美しさや綺麗すぎて恐くなるほどの星空などなど、大半の観光客が見逃す竹富島の魅力についてとうとうと語ってくれ、その「大半の観光客」の一人である私は嫉妬と羨望のあまり「お前の後ろ髪を全て引き抜いてやる」ともう少しで宣告するところでした。だってこの人の話を聞いて、後ろ髪がごっそり抜けそうなほど引かれて大変だったんですよ(心が)。

あのときの切なさを、数年越しで解消できる。私は竹富島で泊まるという日を、ずっとずっと楽しみにしてきたのです。そして初めてのお泊り、大半の観光客が味わえない宿泊客だけのお楽しみは延期されました。

♪夕陽・なんて・ありゃしねー 星空・なんて・見えやしねー あるのは雲雲雨風風YO!(←ハマー調でお願いします)


そして次の日。悲しいことに天候は悪化、風雨が激しくなってきました。午前9時台で船は欠航、竹富島は陸の孤島と化しました。民宿の食事は朝と夜。昼は島のお店ですまそうと思っていたのですが、台風で閉まってるとのこと。カップラーメンでも買おうと、小さな売店へ行きました。

店に入ると人気がありません。「こんにちはー」と声をかけても出てくる気配なし。都会なら盗られ放題です。根気よく呼び続けると、気のよさそうなおじいが顔を出しました。カップラーメンやお菓子、菓子パンなどを適当に選んでおじいの前へ持っていくと、、おじいがひとつひとつ値段を言いながら精算していきます。カップラーメンは180円、ポテトチップスは150円、キノコの山は200円。若干高いですが、離島価格だろうと気にしませんでした。が。

おっちゃん「で、その小さいのは450円ね

へえ〜そうなんだ〜。
じゃがりこをそっと棚に戻す私

他のものは許容範囲の値段なのに、なぜか「じゃがりこ」だけが4.5倍という異様な高騰ぶり。竹富のじゃがりこは金粉でもまぶしてあるのかもしれません

おじいの「小切手を切らしてるからお釣りがだせーん」「はい、500まんえ〜ん」というお約束ギャグに町並みだけでなく商店の原風景も見せてもらった私たちは、とても愉快な気持ちで店を後にしたのでした。おじい最高!

そしてこの日も、宿泊客だけのお楽しみは延期。激しい雨と風に慄きましたが、地元の人にとっては「こんなの台風とは呼ばない」とのこと。規模が小さくてよかったです。

そして3日目。ようやく青空が見え始め、やっとコートが脱げました。北風と太陽は、勝負に時間をかけすぎだと思います。


■■■竹富島の風景■■■

 

白い砂が敷かれた道、赤瓦の古民家、風雨から家を守り、家人のプライバシーをも守る石垣、一年中町を彩るブーゲンビリアやハイビスカスなどの花々。古き時代の沖縄の姿を今に残す竹富島は、どこを切り取っても絵になる場所です。

重要伝統的建物物保存地区に指定されているため、建替えや新しい民家を建てる際は赤瓦&石垣を義務付けられているそう。台風の通り道である沖縄、現代の民家は9割以上が丈夫な鉄筋コンクリート造。赤瓦職人の数も年々減っているため、竹富島のような昔ながらの民家の建て替えや新築はコストが非常に高く、維持も大変だと聞きました。

道や庭にまかれた白砂は、珊瑚を砕いたもの。こちらも維持が大変なので舗装する話も出たことがあるらしいのですが、景観を壊すということで白紙になったとか。 すごく無責任な感想なのは承知で言いますが、白紙になってよかった…。ここがアスファルトだったら、島の空気は全く変わったものになったでしょう。

3日目の朝、島を散歩すると庭や軒先を竹箒で掃き清めている姿があちこちで見られました。ザッザッという竹箒の音が、寝ぼけ気味の耳にとても心地よい。立ち止まって朝の挨拶を交わし、再び歩き出そうとしたのですが、掃いたばかりの道だということに気付いて焦りのあまり朝っぱらから泥棒歩きに。近くにいたおばあの瞳が不審げに揺れたのがちと切なかったです。つま先で歩いたところで全く無意味なのもまた切ない。

島の人々が頑張って守ってくれているからこそ、竹富島は美しい。「うつぐみの心」が生んだ優しい場所なのです。素材がいいからこそ、購入して半年以上たってもカメラの機能を理解してないダメカメラマンでもこんな写真が撮れちゃいましたよ。

猫が座ってるだけのこんな風景も、なんだかちょっと素敵じゃないですか?
 寝転がっても素敵。
 アップにしても素敵。


 あぁんこのゴロにゃん娘め!(ハァハァ)

最後のは風景関係ないです。私が単に猫萌えしてるだけです。

海が近いこともあって、竹富島のいたるところに猫(飼い猫も野良猫も)がいます。彼らは非常にのびのびと暮らしていました。修羅場のときなら人生取り替えてよと本気で詰め寄りたくなりそう。

(写真:左)
竹富島の集落をまわる水牛車観光。御者であるおじい(まれに若い男性も)は、乗客に竹富島の文化や歴史を語ったり、三線を弾きながら沖縄民謡を披露します。散歩を装い、水牛車をストーキングして竹富小話や民謡を盗み聞きするのも一興。その際、乗客の方々に不審がられてなめるように観察されるかもしれませんがそれはオプションとして楽しみましょう。うまくいけば飴玉でももらえるかもしれません。

(写真:右の上)
竹富島の風土や文化を愛した随筆家・岡部伊都子氏が建てた家。現在は「こぼし文庫」という名の図書館であり、竹富の子どもたちの交流の場のよう。立ち入り禁止だったので、残念ながら中には入れず…。

(写真:右の下)
本土の神社に当たる拝所「オン(御嶽)」(本島ではウタキと呼ぶ)。民芸喫茶のおばぁと世間話をしていたとき、近いからお祈りしてくるといいと勧められました。「家内安全の神様なの?」と聞くと、「なぁんでも」という答え。

おばぁ「交通安全も商売繁盛も安産祈願も、みぃんな聞いてくれるよ。だから島の人は、何かあるとすぐお祈りするんさ」

島民と共に生きて、島民のあらゆる願いを受け止める島の神様。本来神様とはこういうものなのかもしれません。「そうそう、子どもの受験のときもお願いしたさ」ホントに万能です。


竹富の風景で忘れちゃいけないのが、どの家の赤瓦にも必ず鎮座している守護神シーサー。獅子がルーツであり、魔除けの意味もあるので一応どれもこわもてではあるのですが、どこかユーモラスで愛らしい。


写真左の奴なんかすぐ友達になれそう。写真中央のようにお尻を上げているものは出世を願う意味があり(水牛車ストーキング知識1)、魚をくわえている写真右は豊漁を祈願しているそうです(水牛車ストーキング知識2)。写真右のお家は漁師さんなのかもしれませんね。顔が青ざめてるのは船酔いでしょうか(ダメだよそれ)。

どの家のシーサーも特徴があってとても好きなのですが、私が特に気に入ったのは竹富郵便局の屋根にいたこいつ!


<俺、こないだまでビックリマンシールに出てたゼ!


すごいよ、すごい存在感だよ!ココでうっかり探しそうになったよ!

赤瓦の上にいるシーサーの多くは、職人が屋根ふきの際に余った瓦の破片を漆喰で固めて作ったものだとか。お土産屋でよく見かける素焼き陶製のシーサーとは一味違うこの雄姿を見てまわるのも、竹富島散歩の醍醐味ですね。


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